倉山満 『工作員・西郷隆盛』感想

倉山満 『工作員・西郷隆盛』感想

 あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いいたします。

 今年最初の記事です。今年の大河ドラマは林真理子原作の『西郷どん』。会見で男性同士の恋愛を描く可能性に触れて話題になりました。そんな中、倉山満先生も西郷についての本を出すということで楽しみにしていました。すると、倉山満の砦でこのような発言が!

祝!パタリロ殿下、『モーニング』に降臨  

 砦より引用

ちなみに、私もBL本、書いてみました。

工作員・西郷隆盛 謀略の幕末維新史

 引用終わり

 倉山先生がBL?! (`✧д✧´)

 こちらの記事、「パタリロ」のモーニングでの掲載を喜ぶ話と一緒に紹介されています。パタリロと言えば、来年でなんと連載から40周年を迎える傑作少女漫画、倉山先生も国際政治や陰謀を学ぶための必読書として進めている作品です。そして少年愛などの要素も多分に含んでいます。これは一体どういった内容になっているのか。ワクワクしながら『工作員・西郷隆盛』を読み進めていくと…

(P54から引用)
 明石元二郎は、日露戦争を勝利に導いたとされる伝説のスパイです。昔は工作員のことをスパイと言いましたが、最近は、インテリジェンス・オフィサーと呼ぶ書籍が多いようです。
(引用終わり)

 インテリジェンス・オフィサー、直訳すると情報将校になりますが、少女漫画界で情報将校と言えば、『エロイカより愛をこめて」のエーベルバッハ少佐と『パタリロ』のバンコラン少佐のW少佐。やはり西郷はバンコランか?!となるとマライヒは・・・大久保利通?!

 あまりにおふざけするとファンの人どころか、倉山先生御自身からも叱られそうなので、多少のパタリロのネタも含みつつ感想を書いて行きたいと思います。

・西郷の人柄
 「はじめに」で飾らない、しかし規律を重んじる、清廉で誰からも好かれる所謂イメージ通りの西郷を伝えるエピソードが語られます。バンコランとは違うだろ!と突っ込まれるかもしれませんが、バンコランは普段のクールなたたずまいとは違い、自分の関わった人間に対しては、それが犯罪グループの一員でも、心を残したりする、所謂「人情家」の側面があります。西郷が鰻屋で貧乏な書生たちのために多く金を支払うエピソードがありますが、バンコランも孤児院に寄付をしたり、亡くなった同僚の息子を支援したりといった篤志家の面も持っています。しかしながら、そういった面が全てのはずはありません。目的のためには非常に徹します。特に麻薬による犯罪をひどく憎んでいるバンコランは所謂「殺人許可証」を持っているとはいえ、犯人を逃がさぬために、弁護士を呼べと言っている相手をだましてまで撃ち殺したりしています。西郷も皆から好かれる人物であるがゆえにいざというときには泥をかぶれる、そして目的のためなら非常にもなる、そのような側面があります。その人柄が「工作員」としての西郷に非常に有利に働いていた。しかしながら、そういった西郷の誰にでも好かれる側面やカリスマ性が後の悲劇につながったのではないかと思われます。

・幕末の知識人たち
 タイトルに「工作員」と銘打ってあるように、こちらの本はかなりの部分をインテリジェンスについて語られています。スパイ小説や映画を見ていると人を裏切ることがスパイの常識のように思わされることもありますが、そうではないと倉山先生は語ります。実際の活動では、人と信頼関係を築き、そこから情報活動を取るのがスパイの仕事なのです。(p46より)確かに、信頼できない人物に大事な情報など渡せるはずがありませんよね。バンコランはMI6のエージェントなので普段は英国のために仕事をしていますが、CIAのヒューイットなどとも協力して動いていますし、パタリロなど気に入らなくても付き合っているのは王族と繋がりがあることはいろんなネットワークに繋がるために非常に有効だと考えられます。島津斉彬の「工作員」として広い人脈を作った西郷。様々な意見を持つ人と繋がりを持ったのですが、西郷はただやみくもに誰とでも付き合っているわけではありません。意見を違えど、国を思う人物と付き合い人脈を作る。現代と比べれば、移動に時間もかかり、通信手段も手紙くらいしかないと思われるのに、知識人たちは全国でつながっていた。インターネットで世界中に簡単にアクセスできる現代よりもこの頃の知識人たちは、優れた人物を見つけたら、その人とつながりたいという意欲が強かったのかもしれません。

・幕末の教育
 江戸時代の民間教育、特に長州藩の明治維新の中心人物が通った松下村塾は有名ですが、西郷や大久保利通の出身地である薩摩には郷中教育という、独特な少年藩士の育成方法があったそうです。大人の指導はなく、年長者が年少者を指導し、お互いに教え合う。その中で人の道や道徳も教わる。年を取るにつれ西郷はリーダー格になり、その結束は明治維新まで続いたそうです。バンコランは少年時代に家を飛び出し、そこでグローブナー将軍に拾われて、エージェントの教習所のようなところに入ります。そこでは教官だけではなく、先輩が後輩を指導するシステムにもなっていたようです。先に学んだものが後輩の指導をする。誰かに教える事が出来るようになるには自身がそれだけそのことに対して習熟している必要がありますので、これはある意味非常に合理的なシステムなのかもしれませんね。そこでバンコランはエージェントとして必要な技術を教わります。それと共に人を愛することも…ケホケホ

・挫折したときの勉強こそが糧
 こちらは第三章のタイトルです。西郷は安政の大獄で追われる身となり、島流しにされます(正確には死んだことにして逃がした)。そんな中でも寺子屋講師として読み書きを教えながら、自らも読書に励み、大久保と連絡を取って薩摩や中央政府の情報を得ていました。本来ならもう表舞台に立つことをあきらめるような境遇ですが、そんな中でも学び続けることをやめない西郷。そして大久保は西郷をいつか呼び戻すために、島津久光に必死に取り入り、やがて信頼を得るようになります。しかしながらやっと呼び戻されて、久光に召し出されたときのエピソードが...久光がよく耐えたというべきなのでしょうが、結局この後、また久光の怒りを買って再度島流し。次に呼び戻されるまでの大久保の苦労を思うと涙ぐましいものがあります。

・陰謀で世の中は動くのか?
 「工作員」と銘打たれていると、なにか陰謀で歴史が動いた話かと思われるかもしれません。しかしながら、いつの世にもどこにでも「陰謀」はあるもの。西郷の関わった工作の一つに篤姫の輿入れがあります。様々なパターンを想定しての計画だったにも関わらず、その思惑を外れて送り込んだ篤姫自身が抵抗勢力になってしまいます。そして、慶喜を将軍にすることも作戦の一つであったにも関わらず、その慶喜自身が、大久保や西郷にとって最大の敵になってしまうという何とも皮肉な展開です。しかし、最後に勝ったのは、大久保の誰よりも強い意思でした。『パタリロ』の初期の長編傑作「霧のロンドンエアポート」でも、バンコランの先輩であり、かつての恋人でもあったデミアンとの決戦。勝てるはずのなかったバンコランが勝ったのはマライヒの決死の行動でした。勝つためには作戦という概念が必要ですし、思いだけではなにも出来ません。しかしながら、考えに考え抜いた末にぶつかり合った時に勝つのは思いの強い方なのかもしれません。

・維新はなり そして悲しい結末へ
 薩摩と長州が中心となって、新しい時代を切り開いていくことになりますが、そこで急速に西郷は行き場をなくしていき、大久保は政府の中枢で憎まれながらも果敢に改革を進めていきます。最後に西郷の取った行動は理解しがたいところがあります。倉山先生の読み解いたところが答えなら、多くの人に慕われた人だからこそあまりに悲しい気がします。そして大久保の最後は涙無くしては読めません。

 少々おふざけが多い感想になってしまいましたが、教科書で読むとわかりづらい明治維新、特に大政奉還以降の流れが非常にわかりやすく理解できる本となっています。大河ドラマを見る前に、是非こちらの本も手に取っていただきたいと思います。

 ※こちらの記事は平成30年1月2日に書かれたものです。