倉山満『国民が知らない上皇の日本史』 感想① 私達は歴史を知らない

 

 昨年出版された『日本一やさしい天皇の講座』は皇室の歴史を駆け足で語り、譲位を論ずることで、三つの疑問「一、なぜ天皇は必要なのか」「二、なぜ、皇室は一度も途切れることなく続いてきたのか」「三、そもそも天皇とは、そして皇室とはなんなのか」に取り組んだものでした。そちらの感想も当ブログで取り上げておりますのでよろしければお読みください。

倉山満 日本一やさしい天皇の講座 感想

 今回の『上皇の日本史』は上皇という切り口で日本の歴史を通観し、未来に向けて我が国をどうしていくかを考えるものになっています。

 さて、タイトルの「私達は歴史を知らない」。「私達」ではなく「お前」だろと言われればその通りなのですが、皆さんこちらに全て答えられますか?

・歴史上最初に上皇となったのは誰?
・上皇になった天皇は何人いるの?
・譲位後の天皇は皆上皇になれる?天皇にならなくても上皇になれる?
・上皇になったら全員院政が出来る?
・践祚と即位の違いって何?
・三種の神器と天皇、どちらが大事?三種の神器がないと践祚は出来ないの?

 と、ここで別にクイズがしたいわけではありませんが、この本を読みいろいろ調べたことで痛感したことがあります。

 私達は皇室の歴史を知らない。

 もちろん日本史の教科書に天皇の名前は出てきます。しかし神武天皇のことは教わりますか?嵯峨天皇の業績は?ましてや光格天皇は?

 日本がなぜ日本で、世界の中でも最長不倒の国なのか。それは皇室があるからですよね。それなのに、天皇や皇室のことを抜きに語ってしまっては、日本の歴史そのものがなんのことかさっぱりわからないものになってしまっても仕方がありません。

 倉山先生のいうとおり、名君や何事もなく過ごしてきた人ほど皇室の歴史に名を遺さないという事はさておき、普通の国なら神話だということは前置きした上で、国の成り立ちを教えるものではないでしょうか。しかしながら、私が資料として持っている少々古い中学生向けの教科書を読むと、3世紀ごろにいきなり大和政権が出てきて、最初に出てくる天皇の名前は推古天皇(第33代)です。大和政権はは3世紀くらいに豪族の中からポッと出てきて、どうも天皇と呼ばれる人が頂点にいて、平安時代には摂関政治で藤原氏の傀儡、それが終わると院政が始まり、混乱の中南北朝に突入して、江戸時代になるといるかいないのかわからない存在になり、幕末にいきなり尊王攘夷だと担ぎ出されて、明治になると天皇主権で現人神になり、昭和に入り戦争で負けると象徴になった、そのような印象を受けてしまいます。

 そもそも南北朝のことを語るのに避けては通れないはずの「両統迭立」ですら中学教科書では触れません。これでは単純に武家政権と天皇が争っていたかのような印象しか受けないと思います。

 結局、先程のクイズのレベルではなく、天皇とは何か?皇室とは何か?日本人にとって、日本の歴史において最も重要なこれについて学ばない為に、歴史教育が片手落ちになってしまうのではないでしょうか。現在の自虐史観は論外として、私は戦前の行き過ぎた皇国史観も問題があると思っています。現実の皇室やその歴史をきちんととらえていないという点ではどちらも同じですので。

 これまで述べてきたことは前回書かれた『日本一やさしい天皇の講座』のテーマでもありますが、今回の『国民が知らない上皇の日本史』では、元々は不吉な新儀として誕生した「上皇」が皇室を存続するためにいかに機能してきたかについても詳しく書かれています。我々が教科書で読んだ「上皇」は「院政」を行なった、なんだか良くわからないけど、悪いことをした人達という印象ですが、決してそれだけではない、むしろ「上皇」が存在しえないということが良くないことである、という面もあることもわかります。それを知れば来年、今上陛下の御譲位によって陛下が上皇になられることも、先例に従って行われる限り決して恐れるようなものではないことが良くわかると思います。

 感想というよりほとんど入口についてしか書けませんでしたが、次回は三種の神器について語る予定です。では続きは近々。

※こちらの記事は平成30年9月9日に書かれたものです。