堀栄三 大本営参謀の情報戦記 感想

堀栄三 大本営参謀の情報戦記 感想

 日本は侵略国家だったのか。

 田中上奏文という日本が世界征服を企てていたかのようなプロパガンダ文書がありますが、果たしてそのような野心を持って日本は支那事変や大東亜戦争を戦ったのか。この本を読むとそんなことがありえないことがわかります。いかに準備不足の中、日本が戦争に突入したのか、いかに情報を軽視していたか、そして大戦略を持たずに戦争をするということがどのような結果をもたらすのか、それを思い知らされ叩きのめされる作品です。

 帝国国防方針【明治40年(1907年)】により海軍はアメリカを仮想敵国としています。それにも関わらず、明らかに戦争準備が不足している。何しろ、開戦してから2年後にようやくまともな米軍戦法の研究がなされ、それを1冊の本にして配布しているのです。

 それに対してアメリカはその戦い方からして、日本と太平洋で戦争をするための準備をしていたことがわかります(作中では大正10年には始められていたのではないかと予想されている)。

 現場で働いている人は優秀で仕事をこなしながら情報を精査し、この著者である堀氏など「マッカーサーの参謀」と呼ばれるほどに、正確に米軍の動きを読めるまでになっています。しかし、その情報も大本営の作戦課は歯牙にもかけず、それどころか送った電報を握りつぶすような真似をしています。いったい大本営作戦課では何が行われていたのか。堀氏は「もう一つ奥の院のような中枢がある」と表現しています。

 この本を地図を見ながら読んでみて、改めてぞっとしました。日本の戦争目的はなんだったのかと。

 これほどまでに広大な範囲にわたって兵を派遣し、どうやって勝ち、どうやって戦争を終わらせるつもりだったのかと。

 実際に米軍と戦うまでもなく、補給もないまま孤島に取り残され亡くなった方がどれだけいたのかと。

 この本のところどころに出てくる言葉なのですが「戦略の失敗を戦術や戦闘では取り返せない」のです。

 いかに現場の兵隊が優秀でも、間違った戦略をそれで補うことはできません。情報の軽視、補給の軽視、この反省を生かさなければ、日本の未来はないのではないかと思います。

 こういったことは全く改善されておらず、東日本大震災の時、10万人以上の自衛官が派遣されましたが、彼らにはろくな食事が与えられず、ひどい口内炎に苦しんだそうです。しかも、どこにご遺体があるかわからないのでトイレを我慢させたが、食物繊維の不足で便秘になったので、トイレは必要なくなっただのと指揮官がインタビューに答えている始末です。

 いかに被災地とはいえ、孤島ではなく国内の災害救助でこれです。これが戦場だったら戦えると思いますか。元の記事が消えているのでリンクは貼りませんが「君塚栄治・統合任務部隊指揮官インタビュー」で検索すると該当記事を取り上げたブログ等出てきます。美談として取り上げている人が多いようですが、自衛隊とは戦えない部隊なのだと絶望的な気分にしかなりませんでした。

 念のために書いておきますが、自衛官の方を批判しているのではありません。このような状況でろくな予算もつけず、補給も考えずに働かせている人たちを批判しているのです。今の日本の現状はこんなに厳しいものなのです。堀栄三氏も戦後自衛隊に入隊していますが、あまりの状況に絶望してやめています。

 新しく出てきた資料や、現在の研究で日本にもアメリカにもかなりの数のソ連のスパイがいたことがわかっています。堀氏の情報を握りつぶした人間、間違った作戦を遂行することになった理由にそのスパイの存在が関与していることは想像に難くありません。はっきりした因果関係が明らかになるには今後の研究に期待するところです。

 しかし、明らかにされている事実ですら、全く学校の歴史教科書に記述がないのはなぜなのでしょうか。それどころかあからさまに間違っていることも訂正されずに、小中学校の教科書に記載されていることは非常に大きな問題です。少しでも多くの人が真実を知ること、知った人が声を上げていくことが大事だと思います。そして何より、先の大戦を真の意味で反省することなしには大戦で亡くなられた方が浮かばれないのではないのでしょうか。

 ※こちらの記事は平成26年10月27日に書かれたものです。