グレンコ・アンドリー プーチン幻想 「ロシアの正体」と日本の危機 感想

グレンコ・アンドリー プーチン幻想 「ロシアの正体」と日本の危機 感想

 コサックはロシア人?ボルシチはロシア料理?

 実はコサックはウクライナ人、ボルシチはウクライナ料理なんだそうです。ご存知でしたか?

 私も含めて多くの日本人はロシア、そしてウクライナに関しての詳しい知識がありません。私の若かった頃、そこはロシアではなくソビエト社会主義共和国連邦と呼ばれていました。ソ連は秘密に包まれた、非情なスパイのいる冷たい国。そのような印象を私は当時読んでいた少女漫画から持っていました。ウクライナという国を日本人が意識するようになるのも2014年の所謂「クリミア危機」からでないでしょうか。

 こちらの『プーチン幻想』の著者グレンコ・アンドリー氏はソ連という国の一部であったころのウクライナに生まれ、独立後、ロシアにクリミア危機で領土を奪われ、結果多くの国民を殺された。そのことを目の当たりにしている人物です。そして、我が国日本で学び、ウクライナ人として現在の日本人に警鐘を鳴らす若き研究者です。こちらが初の著作ということですが、日本では知りえないような多くの情報を知ることが出来、非常に読みごたえがありました。

〇プーチン幻想とは

 私が初めてこれを実際に耳にしたのは、2015年の2月。とある講演会でした。講演者は自社製品を地元の名物にとどめるだけでなく、世界中に広める活動をしている意欲のある会社の社長さんでした。私の住む富山は北海道と関係が深く、その社長さんも仕事の関わりだけではなく、北方領土にも関心の高い方でした、その方の口から「プーチンは日本の文化にも関心が高く、日本のことが好きだ。プーチンなら北方領土を返してくれるかもしれない」といった言葉が飛び出し、大変驚きました。当時の私の認識ではプーチンは元KGBの独裁者でなぜか敵対する人が殺されたり、不慮の死を迎えてしまう怖い人だったからです。

 このプーチン幻想、ロシア幻想と併せて、最近は輪をかけてひどくなっているような気がします。なぜか所謂保守とか自称愛国者の人達から、「プーチンはロシアの愛国者で、グローバリストや国際金融資本と戦うナショナリスト」だとか「ロシアには非常に可能性がある。ロシア人と日本人は国民性が似ている」「安倍さんが全島返還ではなくて二島返還と言っているが、これに文句を言ってはいけない」などといった話が出るのです。この主な発信源の人の話を聞いていると、なぜここまでプーチンを持ち上げ、ロシアに有利になる発言をするのか。そしてこの人の話を、所謂保守と呼ばれる人が信じるのか非常に不思議でなりません。私の若い頃はまだ共産主義に幻想を抱き、ソ連を信奉する人達もいましたが、なぜ保守と呼ばれる人達がプーチンやロシアを礼賛するのでしょうか。

 これに関して私の知らなかったことが本書に書かれていました。プーチンはヨーロッパの偽装「右翼」にも大人気なのだそうです。なぜプーチンは彼らに人気なのか?筆者は一番の理由は「金」だと身も蓋もない推測をしています。しかしながら他の理由、プーチンは反米の象徴であり、移民政策に反対していると勝手に信じ込んでいるなど、日本の保守派にも共通するところが多いようです。日本の問題は世界共通の問題でもあるということでしょう。プーチンのやっているメディアへの弾圧など、例えば安倍首相が朝日新聞を解体するようなことをしたら喜ぶ日本の保守派も多いのではないかと少々怖くなります。しかしながら実際のロシアは移民大国でモスクワの労働者の一割を外国人労働者が占めているし、プーチンの隠し財産の多くがロシア国外の銀行に預けられているとの指摘もあって、どこが反グロ―バルなのかと首をかしげます。

〇プーチンは反中ではない

 地政学的にロシアにとって中国が脅威であることは間違いありません。しかしながら二正面作戦をすることは得策でないわけで、アメリカや西側のヨーロッパ諸国が敵であるならば、まさに地政学的な理由でロシアが中国と組まざるを得ないのは自明の理ではあります。

 経済的にもロシアはかなり中国に依存し、かなりの中国人がロシアに移住し、中国企業がロシアの土地を大量に借りている。ロシアではプーチンに反対する意見をする人は弾圧され、メディアも解体させられているそうですが、中国に関してはほめちぎり、米中の貿易対立に関する報道でも、政権寄りの評論家やジャーナリストは「中国が勝つ」と自分のことのように誇らしげに語っているそうです。「ロシアは中国とは本当は組みたくないのだから、粘り強く交渉し、利益を与えれば、アメリカや日本の側につくこともあり得る」と言っている言論人達はこのことを知っていての発言しているのでしょうか。

 戦前の日本でも、ソ連を仲介者としてアメリカと和平交渉をしようと試みる人達がいました。そのソ連は日ソ中立条約を破り、日本に宣戦布告をし、降伏後も領土を奪い、民間人を殺し、多くの日本人を連れ去りました。このような歴史があるのに「プーチンなら大丈夫」などと誰をだまそうとしているのかと思います。

〇欧米の宥和政策、自ら怪物を作り出す愚

 日本人がお人よしだとはよく言われていることです。日清戦争後は多くの中国人留学生を受け入れ、彼らは中国の近代化を進めるために日本で最新の学問を学びました。日本語を話せる中国人留学生を中国共産党は重用し、対日本人の洗脳工作に当たらせのです。そのことは、こちらのブログでも何度か紹介している江崎道朗先生の著作『日本占領と「敗戦革命」の危機』に詳しいです。戦後も日本は様々な技術、経済協力を中国に続け、なぜか援助していた中国が日本を抜いて世界第二位の経済大国になり、日本にとって軍事的にも経済的にも脅威になるという笑えない状況になっています。やはり同じく、江崎道朗先生の『知りたくないではすまされない』で、アメリカがソ連の脅威と戦うために役に立たない日本に見切りをつけるような形で中国と軍事的協力し、経済援助を続けた末に、中国がアメリカの覇権を脅かすような存在になっていたことが記されています。こちらの『プーチン幻想』で、欧米がソ連、そしてロシアに多くの援助を与え、ロシアを自分たちの制御不可能な怪物に育ててしまった様が書かれています。

 現在、安倍政権は平和条約締結と領土問題解決に向け、なんどもプーチンと会談をしています。しかしながら、最近では全島返還が当然のはずなのに、二島返還にトーンダウンし、ロシア側は増長するばかりです。まさか平和条約を締結するだけして、北方領土の返還を匂わせるだけで、ロシアに経済援助をして、さらに怪物を助長させる気なのでしょうか。中国もですが、ロシアも恩を与えても仇で返された歴史があります。筆者曰く「ロシアは約束を破るために約束をする」。今、慌てて平和条約を結んでも日本に何か利益があるとは思えません。これに関しても筆者からの提言があります。

〇時間を味方につけるべき

 日本は世界最長不倒を誇る国です。どうも私達は一度の敗戦でそのことを忘れてしまっているかのようです。筆者の提案する北方領土を取り返す方法を読んだときそれを通観させられました。

 「まずは二島返還で。それが現実的だ」という人はいます。しかしながら、それで平和条約を結び、一度国境を確定させてしまったら、二度と全島返還することは出来なくなるでしょう。昔ならば、戦争で取り返す、という方法があったかもしれませんが、現在では国際的非難は避けられません。それをやってしまうのがロシアであり、中国ですが、日本はそのような批判に耐えられるのでしょうか?日本は戦前から国際法を遵守する国でした。世界中の歴史が歪められようと、日本人自身はそれを知り、誇りにしているはずです。

 「生きているうちに故郷の地を踏みたい」という方の想いは当然のことです。しかしながら、二島返還を認めてしまえば、残りの島の人々の想いは永久に踏みにじられてしまいます。今の日本は軍隊もない、かろうじて経済大国ではあり続けていますが、もう20年も日銀や政府の不作為で停滞した状態が続いています。まずは力を蓄え、機会を待つべきでしょう。

 今から40年前にはロシアという名前の国はありませんでした。80年前には中華民国という国の体をなしているのかわからないものはありましたが、中華人民共和国という国はありませんでした。日本は敗戦を経験しましたが、国体は護持され、続いています。今は取り返せなくてもその来るべき日のために国民ひとりひとりが賢くなり、国力を高めるべく行動すべきでしょう。公称2679年の歴史を誇る日本が次の2000年も生き残るために。

〇終わりに

 こちらの著書では我々の知らなかったロシアだけではなく、世界第三位の核保有国であったのにも関わらず、ソ連崩壊後、平和ボケなのかなぜなのかわからないような状況で核を手放し、その後、ロシアの侵略により国土を奪われたウクライナの悲劇を知ることが出来ます。そんなウクライナ人であり、日本に学ぶ青年である著者の訴えには非常に説得力があり、学ぶべきところがあります。是非手に取ってお読みください。

本書


 

参考文献