上念司 「高学歴社員が組織を滅ぼす」 感想

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 上念司先生がトークライブなどで良く話している優秀な現場と脆弱なマネジメント。それについて詳しくかつ分かりやすく書かれた作品です。

 この本のタイトルを見てまず「高学歴社員ってどんな人のこと?」と疑問に思います。ここで言う高学歴社員とは偏差値の高い大学を出た人のことを単純にさしているのではありません。ここでの高学歴社員の定義は本の中でも説明がありますが、帯に簡潔に書いてあるのを引用すると

① とにかく「リスク回避」を優先する
② つねに「自己保身」を考える
③ 「世間のヒエラルキー」ばかりを重視する
④ 「格上」の人間にはおもねる、身内に甘い
⑤ 「格下」の人間には極めて冷淡

とこのようになります。こういった人たちが組織で何を引き起こすのか。

 この本では主にこういった「高学歴社員」がマネジメントに回ったときの危険性を語っています。高学歴社員による脆弱なマネジメントの例として、牟田口廉也中将の補給を軽視した結果三万人の死者と、四万人の餓死者・病死者を出してしまったインパール作戦。他の牛丼チェーンが将来的なインフレ予想をする中、値下げ路線を堅持し、アルバイトの大量離脱を招いたすき家。インターネットの普及に伴い逆風が吹いていたにも関わらず、捏造記事を掲載し続け、捏造発覚後も話のすり替えで批判をかわそうとし、読者の信頼を喪失し、部数・広告を激減させた朝日新聞。適正価格、商売に対する誠実さ、品質の良さで飛躍を遂げたものの、デフレの進行による顧客の低価格指向を読み切れず、売り上げを下げてしまった大塚家具などがあげられています。

 この脆弱なマネジメントの際たるものとして大東亜戦争における大本営を筆者は上げています。政府及び大本営の作戦参謀は単に空気に流されるだけの高学歴エリートでお互いに批判し合わないし、先輩が失敗しても責めない。そんな間抜けな腹の探り合いばかりしていて、肝心の国家戦力はおろそかになり、それに水を差すような優秀な人間はメインストリームから遠ざけられる。ここでその優秀な人間として石井菊次郎と堀栄三があげられています。石井菊次郎は良く倉山満先生が「正論が封殺される例」として挙げているのですが、三国同盟の批准審議が枢密院にかけられた時に猛反対した人物です。堀栄三はこのブログでも感想を上げている「大本営参謀の情報戦記」の著者でもありますが、彼は「マッカーサーの参謀」と呼ばれるほどの正確に米軍の動きを読んだ参謀ですが、なぜか大本営は彼の情報を握りつぶしたりしています。

堀栄三 大本営参謀の情報戦記 感想

 そしてその大東亜戦争時のグダグダぶりを再現するかのような東日本大震災における民主党政権の危機管理のひどさ。一刻を争う事態だったにも関わらず、東電社長の乗った自衛隊機を引き返させた北澤俊美元防衛大臣。そして震災発生2日目に福島第一原発を視察し現場を混乱させた管直人元首相。この件で、風に流されて民主党政権を誕生させてしまったことを死ぬほど後悔した人は多いのではないでしょうか。

 そして脆弱なマネジメントは優秀だった現場を暴走させるまでに至ります。
 無茶で間抜けなマネジメントの方針をカバーし続けた末、現場は逆切れ。現場の「被害者意識」が非常時に「加害者意識」に転換されてしまう時、組織は崩壊します。

 あなたの勤めている会社でこんな状況を見たことはないでしょうか。自分の所属する組織がこのような状態だったとき私たちはどうすればよいのでしょうか。

 なかなか考えさせられる本で、組織が壊滅するほどひどい状況ではないにしろ、自分の会社や属していた組織でこういうこともあるよなあと思わされます。身内には甘かったり、現場にばかり無茶ぶりしたり。私の以前勤めていた会社ではあからさまに人手が足りず、社員にサービス残業、休日出勤を強いる上に過酷なノルマを課す、達成できなければひどい圧力をかけるということをしていたのでした。それでどうなったかと言うと、当然優秀な人から辞めていきました。私も辞めましたけど。

 そこから逃げ出したからと言って、次に行ったところが必ずしも理想的な職場だということもないわけで、それならばどうすればよいのか。組織を抜けるのか、とどまって立て直すのか。そのための心構えまできちんと書かれている。上念先生らしい、厳しいけれど優しく励まされる本でした。

 ※こちらの記事は平成27年6月18日に書かれたものです。

 

文庫版も出ています。