ケーススタディー 三橋貴明「真冬の向日葵」を検証して名誉毀損について考える

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 先日、倉山満先生の「増税と政局」の感想をブログにUPしたのですが、おりしもその翌日、経済評論家の三橋貴明氏が倉山先生に内容証明を送るという事態が発生しました。

「増税と政局・暗闘50年史」について

 現在訴訟に発展しているので、その件に関しては法廷で明らかになることでしょうし、これから争われることですので、言及は避けたいと思うのですが、この内容証明文で一つ気になるところがありました。

ブログより引用

(4)294ページの以下の記載
ア 『経済評論家の三橋貴明など、よく名誉毀損の訴訟を起こされないものです。』
イ 上記記載は、一般読者をして、三橋が何ら証拠のない話をしばしば論じていると印象付け、三橋の名誉を毀損します。

引用ここまで

 三橋氏は一文のみ抜き出して、「三橋が何ら証拠のない話をしばしば論じていると印象付け」とありますが、倉山先生は何をもって、三橋氏が名誉毀損の訴訟を起こされかねないと言っているのでしょうか。それはこの引用部分の前に書かれています。

「増税と政局」294ページより引用

 また、例の酩酊会見について玉木林太郎国際局長が読売新聞の越前谷知子記者と手を組んで中川に一服盛ったというまことしやかな噂がありますが、なんの証拠もありません。こんなことは法廷で使えるぐらいの証拠がなければ言ってはいけない話です。

 引用ここまで

 これは三橋氏とさかき漣氏との共著「真冬の向日葵」の内容について言及していると思われます。

真冬の向日葵 ―新米記者が見つめたメディアと人間の罪―

amazonよりあらすじ
 バッシングによって貶められた朝生一郎総理と中井昭二財務相の失脚の真実。メディアとは、報道とは、“情報”とは、何なのか?偏執的な報道を繰り返すメディアの実態と情報を鵜呑みにし、無責任な判断をくだす人間の姿を冷静かつ客観的視点で見つめた本格小説。

 あらすじにありますとおり、小説の体をなしていますが、登場人物の名前を見れば朝生一郎は麻生太郎、中井昭二は中川昭一と一見してわかるように実在の人物、実際にあった出来事を下敷きに書かれています。

 この小説の中で、財務官の篠塚直治、玉林国際局長、読解新聞の江崎記者、国テレの八俣ひろみが共謀して中井大臣を失脚させたと読み取れる描写があります。ここに登場している人物は実際の事件とリンクさせると実在のモデルが誰か読み取れます。これは名誉毀損に当たらないのか?

 名誉毀損は親告罪ですし、この小説が発表されてからもうすぐ2年がたとうとしています。今さら、こちらの内容について訴訟を起こされるようなことはないでしょう。しかし、もしこれが訴えられた場合どのようなことになるのか。法律を学ぶものとしてあくまでも思考トレーニングとして考えてみたいと思います。なお『』内の記述は有斐閣「判例六法 平成26年版」より引用しています。

 そもそも名誉毀損とはなんでしょう。

 名誉毀損(めいよきそん)とは、他人の名誉を傷つける行為。損害賠償責任等を根拠づける不法行為となったり、犯罪として刑事罰の対象となったりする。(wikipediaより)

 『名誉とは各人がその性質・行状・信用等について世人から相当に受けるべき評価を標準とするものであるから、ある行為が他人の名誉を毀損するかどうかを決めるには、単にその行為が性質上一般に人の名誉を毀損すべきものかどうかを判断するだけでは足りず、その人の社会的位置・状況等を参酌して審査しなければならない。(大判明38・12・8民集一一・一六六五)』

 大臣を陥れるために共謀して毒物を飲ませ、失脚させた。何の証拠もなしにこのようなことをしたと書かれたら、社会的位置・状況などを考えるまでもなく名誉毀損に当たるでしょう。

 名誉毀損とは法律上どのように扱われるのでしょうか。

 民法では、民法709条 不法行為(不法行為による損害賠償)、710条(財産以外の損害の賠償)、723条(名誉毀損における原状回復)。
 刑法では第三十四章の名誉に対する罪 第230条(名誉毀損)、第231条(侮辱)に該当します。

 ただし、憲法21条第1項の表現の自由との兼ね合いもあり、すべてのものが名誉毀損にあたるわけではありません。

 「真冬の向日葵」はフィクションの体裁をとっていますが、フィクションでも名誉毀損の判決を受けた事件はいくつかあります。

『小説、演劇、映画等により、名誉、プライバシー等が侵害された場合には、侵害行為の予防、排除を求める請求権の存否は、個人の尊厳及び幸福追求の権利の保護と表現の自由との関係に鑑み、具体的事案における比較衡量によって決せられる。(東京高決昭和45・4・13高民二三・二・一七二〈「エロス+虐殺」事件〉)』

『実在人をモデルとしたことが何人にも明らかな文芸作品を発表した場合において、それが事実の適示でないと言えるためには、特定人の具体的行動を推知せしめない程度に、人間一般に関する小説へと抽象化されていなければならない。実際の政治家をモデルとした小説で、世人から憶測されていた疑獄事件に関する事実が生のまま織り込まれているときは、本罪が成立する。(東京地判昭32・7・13判時一一九・一)』

 実在の人物、事件が特定されるような書き方をしていれば、フィクションであっても名誉毀損は成立するのです。しかし、こういった場合であっても名誉毀損に当たらないケースもあります。

 民事事件の判例で『名誉毀損については、当該行為が公共の利害に関する事実に係り専ら公益を図る目的に出た場合には、適時された事実が真実であることが証明されたときは、その行為には、違法性がなく、不法行為は成立しない。もし、右事実が真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信じるについて相当の理由があるときは、右行為には故意又は過失がなく、結局、不法行為は成立しない(最判昭41・6・23民集二〇・五・一一一八)』とあります。

 刑事事件の場合は刑法第230条の2により規定されています。
第230条の2
1. 前条第1項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。
2. 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。
3. 前条第1項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

 条文には書かれていませんが判例で『たとえ真実性の証明がない場合でも、行為者がその事実を真実であると誤信し、その誤信したことについて確実な資料・根拠に照らし相当の理由があるときは、犯罪の故意がなく、名誉毀損罪は成立しない。(最大判昭44・6・25刑集二三・七・九六五)』とあります。

 何の証拠もないのに、ある人物が薬物をつかって大臣を陥れたとの小説を書き、それが事実に反することであれば、間違いなく名誉毀損になるでしょう。しかし、それが公共の利害に関する事実であり、または事実を真実と信じるについて相当の理由があるときは、名誉毀損には当たらないのです。「中川財務大臣酩酊会見」が何者かの謀略によってなされたものでそれについての証拠があって三橋氏とさかき氏が小説にしているのならば、名誉毀損には当たらないとの判決が下されるのではないでしょうか。

 先ほどのamazonのレビューを読んでも、かなりの人がこの作品をフィクションではなくノンフィクションとしてとらえているのがうかがえます。

 実際に三橋氏自身もブログで何度もこの件に関して言及しています。

贖罪

ブログより引用

 ローマの署名式に、いくら元財相の麻布高校時代の同級生とはいえ、本来は行く必要がない玉木林太郎国際局長(当時。現財務官)が同行したのはなぜなのですか。

 教えて下さい、玉木さん。あなたがローマの事件の後、国際局長から財務官に「出世」したのはなぜなのですか? ローマの会見で中川元財務相の横に座っていた篠原尚之財務官が、その後、IMFの副専務理事に「出世」したのはなぜなのですか。

「そうだ、安倍政権崩壊から中川昭一元財務相の死に至るまでの日本の政治、経済、メディアの混乱をモチーフに、小説を書こう。少しでも多くの人に、真実を知ってもらおう」

引用終わり

続 贖罪 ~真冬の向日葵~

ブログより引用

 本書「真冬の向日葵 ―新米記者が見つめたメディアと人間の罪― 」は、安倍政権末期から中川昭一先生がお亡くなりになるまでの日本をモチーフに書かれた小説です。とはいえ、お読みになればお分かり頂けると思いますが、本書は「現実の記憶」でもあります。

 とはいえ、「黒幕」は上記のような情報を国民に伝えることもなく、ときには良い方向に、ときには悪い方向に政治や経済を動かし、国民の運命を変えてしまいます。「黒幕」が責任を取ることはありません。くどいですが、責任を取らされるのは国民です。

 「黒幕」はときに、人の生命すら奪います。あのとき、四面楚歌の中で戦い続けた故・中川昭一先生やご家族の気持ちを想像するだけで、心が痛みます。

引用終わり

 このブログの内容から察するに、三橋氏は玉木氏に何らかの疑いを持っていることは明らかです。そしてこの黒幕とは「マスコミ」及び「財務省」でしょう。そして「真実を知ってもらおう」「現実の記憶」という言葉が出てくることから、三橋氏が知りうる限りの真実を伝えるために書かれた本だと思われます。

 先ほどの内容証明を送る旨の報告のなされたブログにおいても「三橋が何ら証拠のない話をしばしば論じていると印象付け、三橋の名誉を毀損します。」とあるとおり、三橋氏は証拠のない話を論じないと自ら述べています。ということはこの「真冬の向日葵」の内容について、三橋氏及び共著者のさかき氏は何らかの証拠を持っており、このような訴えがあった際にはそれを明らかにする準備があると考えられます。

 なおこの「真冬の向日葵」の内容と現実の出来事がどこまで一致しているかに関してはこちらに秀逸なまとめがありますので、参考にしていただけたらと思います。

まとめ

 今回の「増税と政局」に関する訴えの中で、三橋氏はこの件に関して「名誉毀損となる記載」として挙げています。ということは、この「真冬の向日葵」の内容の真偽に関しても法廷で明らかになるのではないでしょうか。

 中川昭一氏を失ったことは、日本にとって大変な痛手でした。故中川氏及びご遺族のためにも、三橋氏及びさかき氏はこの件に関して明らかにしていただきたいと一日本国民として心より願います。

※こちらの記事は平成26年5月17日に書かれたものです。